The Last Song of the Siren

ドリス・デルモアはセイレーンの能力を有する者としては優秀な部類に入る少年だった。
十三歳になる年に王立コーディリア学院へ進学したのも、自身のその能力を伸ばすためだったはずだ。しかし、ドリスが十七歳になった今の成績はせいぜい学年全体の中の下といったところで、その才能が活かせているとはお世辞にも言えない状況だった。
現在のラジエリア王国は、セイレーンと呼ばれる特殊能力を有した者たちと、セイレーンの能力を活かすことができる調律家と呼ばれる者たちと、そのいずれの能力も有しないノーマルと呼ばれる者たちで主に構成されていて、皆、平和に日々を過ごしている。
セイレーンは元々古代神話に登場する半人半鳥の神話生物の名前に由来する。はるか神話の時代に海辺に生息していたとされるその生物は、そのすわ美しい歌声で破壊と豊穣を齎していたと記されていた。
現代におけるセイレーンは専らこの神話生物が人へと進化したものと考えられており、歌唱や楽器の演奏によって神話上のセイレーンと同等の能力を使うことができる存在だ。
但し、セイレーンの能力は神話の時代から今日まで基本的には破壊に特化しているものであるため、豊穣や癒しの能力を引き出すためには優れた曲が必要となる。そのセイレーンの優れた能力を引き出す曲を生み出す能力がある者が調律家と呼ばれる存在だ。
先にも述べた通り、ドリスはセイレーンの能力を有する者のうちの一人であり、そして、調律家の曲を歌う事で人々を癒す能力に長けた人物だった。
ここ、ラジエリア王国は平和が続く国ではあるが、病や怪我といった類のものが根絶された国ではない。
そのため、高い治癒能力を持つセイレーンであるドリスは将来を有望視されていた人物であった。いや、今でも学院の教師陣からは期待はされている存在ではある。
しかしながら、十七歳のドリスにはもはやその気がないのだ。
ドリスはある時から調律家の作る曲を歌うことを嫌うようになり、以降は自身の作った曲のみを歌うようになった。調律家ではないドリスが自身で作った曲を歌ってもその能力を最大限引き出す力はない。現状はドリス自身の元のセイレーンとしての能力が高い事が幸いして、中の下の成績を保てているという状態だった。
「デルモア、少しいいですか?」
担任講師のシグルス・アスタナに声を掛けられたドリスの、絹糸のように艶めく透き通った短く淡いアメジストの髪が僅かに揺れる。読んでいた本を閉じて顔を上げると、覇気を感じられないドリスの琥珀色の瞳がシグルスの穏やかなアイスブルーの瞳とかち合ったのはすぐだった。
「なんですか?」
まだ僅かにあどけなさの残るボーイソプラノとは裏腹に、子供らしさのないトーンの声色とぶっきらぼうな口調は、しばしばドリスのことを周囲に冷めた性格だと思わせがちだ。
ドリスはセイレーンの中では気難しいところはあれど大人しい部類のセイレーンとして認識されていたこともあり、その態度が周囲の癇に障る訳でもなく、特に大きなトラブルが起きたことはなかった。
「進路の事だよ、本当に王都を出ていくつもりかい?」
「もう決めましたから」
「しかし、しかしだよ、デルモア、私は君にはよく考えて欲しいと思っているんだ」
「俺には考えることはありません」
だって俺には歌う曲がないのだからと言いかけてドリスは静かに顔を伏せた。
セイレーンには厄介な習性がある。
セイレーンは自身の能力を高めてくれる音楽を特に好むきらいがあるが、一部のセイレーンは自身の能力と相性のいい曲への愛着が過熱するあまり、調律家や特定の曲へ異常なまでの固執や執着をするようになることがある。
――例に漏れずドリスもその一人だった。
ドリスには二つ歳上の幼馴染がいる。名をアシュリー・グラムといい、才能は平々凡々ではあったものの、学院在籍時には調律家として研鑽していた過去を持つ男だ。
ドリスは、幼い頃からアシュリーの作った曲を一際好んでいた。
ドリスは、例えアシュリーの作った曲では自身の能力を最大限引き出せないとしても、全く構いはしないと考えていた。
ドリスは、アシュリーの作った曲がご褒美に歌えるのならば、他の調律家の作った曲や学院の課題曲だって、それらを歌うのは浮気するみたいで嫌で仕方ないけれど、それでもなんとか我慢して歌うことも出来ていた。
けれども、三年程前のある日のこと。突然アシュリーは曲を作る事を辞めてしまった。
それはつまるところ、アシュリーは調律家として生きていくことを辞めたと同義で、且つ、その時既にアシュリーの作った曲に心酔していた、アシュリーの能力に執着していたドリスは、自身のパートナーを喪ったのと同じだった。
「……俺が自分で作った曲を歌うだけでも下手なセイレーンより少し上くらいの能力は出せてます。人手の足りていない地方の治療院で下級の治癒士としての需要くらいは満たせるでしょう」
「デルモア……」
「俺に言うこときかせようと思うなら、せめてあの強突く張りから曲のひとつでもせしめてきてからにしてください」
ガタンッと大きな音を立て椅子から立ち上がったドリスはそう言うと、机越しに対峙している、自分とそう背の変わらないシグルスの顔面に顔を近づけて吐き捨てた。「どうせ無理でしょうけど」と。
***
アシュリー・グラムは、現在、王都にある王立の薬科研究施設で薬師見習いとして従事している。
治癒能力を持つセイレーンがそれなりに存在しているとはいえ、その力は無限でもなければ万能でもない。能力を自己に使えるほどの力を持つ者はごくごくひと握りであるし、セイレーンの能力では治せない病や傷も多い。セイレーン同士での相互治癒や能力ではどうする事も出来ない場合は、どうしても薬や医者という存在に頼らなければならないこともある。そのため、薬師も医者も治癒士同様にこの国では重宝される存在だ。
調律家としての道を自ら断ったアシュリーは、その薬師となるべく、この薬科研究施設にて薬草の生育を見守り、調合を研究する日々を送っている。
勿論、この薬科研究施設の中にもセイレーンの活躍する場がある。
ここでは豊穣に特化した能力が重宝され、特に歌唱よりも演奏が得意なセイレーンが活躍しているのが特徴的な施設だ。
演奏が得意なセイレーン達が、各々自身の相棒とも言える楽器を用いて一丸となって合奏する様は、さながらミニコンサートのような風合いもあり、演奏の時間帯に施設の周りを散歩することを娯楽のひとつとしている人たちもいるようだ。
ほんの少し前まで、エアリーなフォルムの髪型をした男性が散歩している姿を見かける機会が増えた時期があったが、世間の一部を賑わわせていた「セイレーンの豊穣能力が毛根を刺激し発育を促すらしい。という降って湧いた噂はどうやら迷信だったようだ」と囁かれるようになってからは、その数もめっきり減ってしまった。
仕事への集中力が著しく削がれる外の喧騒に辟易としていたアシュリーにとって、戻ってきた今の平穏はとても心地良いものだった。
「アシュリー・グラム、いい加減家に帰ったらどうだ?」
そんな今日も今日とて研究に没頭するアシュリーへ、所属長であるリカルド・ジョニスターが声をかけたのは、今日もいつものようにすっかり陽も傾いてからだった。
「しょ、所属長! すみません、すぐに帰ります」
「研究熱心なのはいい事だけど、あまり残業されると私が上からドヤされてしまうからね」
リカルドはいつもの定型文のお小言を伝え終わると、制服の白衣の裾をはためかせさっさと自身の机の方へと戻って行ってしまった。
「うーん、明日は休みだからってちょっと没頭しすぎてしまったかも」
やってしまったと小さく呟くと、アシュリーは自身の暗く青みがかったくすんだモーヴ色の髪をガシガシと左手で大きく掻いてから頭を振った。そうして「ふーぅ」と深呼吸をしてから、アシュリーは右の耳たぶをつまんだ。
親指と人差し指の腹に柔らかな耳たぶの感触と小さなルビーだけのシンプルなピアスの硬い感触。このピアスを無意識に弄ることがアシュリーの癖になってしまって久しい。
「……ドリーは学院で元気にやっているかな」
二つだけ歳下の可愛らしい幼馴染は、くりくりの零れ落ちそうな大粒の琥珀色の瞳をした屈託なく笑う少年だった。学院に入学する年に「周りから舐められたくないし」なんて言いながら、すんと澄ました顔をして涼しい態度を取るようになったことも愛おしくて仕方なかった。
はじめは背伸びだったはずのその態度は、今ではすっかりドリスの当たり前になってしまっていた。最近では、歳を重ねるごとに扱いにくいセイレーンになっているという噂も立っているようだった。
――それでも、やっぱり僕は、ドリスの可能性を潰したくはなかったんだ……。
ドリスのためだと言いながら結局自分のエゴを押し付けたに過ぎないことは重々承知していた。そうだとしても、あのままドリスの視野を狭め続けていてもドリスのためにはならなかった、ドリスがまだやり直せるうちに断ち切る必要があったのだと心の内で自分に言い聞かせ、ピアスからそっと手を離す。そうして平生を取り戻したアシュリーは、手早く帰宅の準備を済ませると研究室を後にした。
***
「もう真っ暗じゃん、信じらんない!」
結局あの後も延々とシグルスの説得に足止めされていたドリスが帰途に着いたのは、微かに残る太陽のぬくもりを夜告の藍色が覆い隠さんとする薄暮の頃だった。
「けほ……」
息を潜めた乾いた咳をした後、ドリスは立ち止まって周りを見渡した。人通りはなかった。誰にも聞かれていないことが確認できてから、ドリスはまた家に向かって一歩踏み出した。
刻々と暗くなる小路を足早に家へと向かうドリスの前に、家までのルート上にある最後の三叉路が見えてきた。
この三叉路をまっすぐ通り過ぎてから四つ角を左に曲がると家に着く。そして、ちょうどその三叉路の手前まで辿りついたところで、不意にその三叉路の右側から現れた長身の人物がドリスの進行方向の先に割り込んできた。
「アッシュ……」
まもなく完全に夜となる時の頃。
このコバルトブルーとネイビーに染まる宵の帳の中であっても、ドリスがアシュリーを見間違うはずもない。視線の先にいる久しぶりに見た後ろ姿はアシュリーで相違なかった。
先程のシグルスとのやり取りを思い出したアシュリーは、今一番見たくなかった背中が前方にあることが無性に腹立たしく思えたものだから、アッシュをさっさと追い抜いてしまおうとも考えた。
が、きっとアッシュは自分に追い抜かれたとしてもこちらを気にも留めやしないか、若しくはまるで当たり前のようにへらへらと形容するのが相応しい顔で「気をつけて帰るんだよ」とか先輩風を吹かせて来るだろう、と思考が続いたところで、腹立たしさが二倍に膨れ上がった。
だからその腹立たしさに任せてドリスは歩幅を広げ歩く速度も上げると、アシュリーの背中を迷わず自分の右手で勢いよく平手打ちしてやった。周囲にバチン! と張りのある大きな音が響いた。
「ゔぁっ! なっ、なにっ?」
突然の背中への衝撃に驚いて声を上げたアシュリーが振り返った視線の先に、唇をへの字にして不機嫌を微塵も隠しもしないドリスが入り込んだ。
「ど、ドリスじゃないか。久しぶり……なのは一旦置いておいて。ドリス、お願いだからせめて声をかけるくらいにしてよ。それにしても、こんな時間にここにいるなんて珍しいね」
あいたたたと背中を擦りながらアシュリーがドリスに向き合って穏やかな微笑みを浮かべた。ドリスはやっぱりそれが癪で、今度は握り拳を返事がわりにアシュリーの鳩尾へとくれてやる。
「いだっ! っ、だから、ドリスってば!」
アシュリーは、過去に拗ねたドリスに小突かれるようなことはままあれど、今日のような突拍子のない暴力を受けたのは初めてだったものだから、一体何事かと問い詰めたい気持ちが湧いた。
けれど、結局その気持ちを呑み込んで、もう一度いつもの微笑みを浮かべると、「もうすぐ夜になっちゃうから早く帰らないと、ね?」と、ドリスの背中を優しく二度叩いて先を歩くよう促した。
「……ほんっとにムカつく」
「ドリス、僕が知らないうちに何かしたのなら謝るから、どうしたのか教えてくれる?」
「そういうところ」
「そういうところ?」
それはどういうところ? と膝を折ってドリスに目線をあわせた上で首を傾げて見せるアシュリーの鼻っ柱を摘みあげ、ドリスは間髪入れずにぎゅーっと締めつけた。
「だから! こういうところだって言ってんの!」
「い、いひゃいから、離して」
自身の鼻をフンッ! と鳴らしてアシュリーの鼻を解放したドリスがアシュリーを押し退けて一歩先に出ると、今度は自分が振り返って、据わりきった両目をアシュリーの方へと向けた。
「どうせアッシュは俺が家に帰りつくまでそうやって子供扱いしてくるんでしょ? 俺の事を一人前だと思ってくれるなら俺の事なんかほっとけよ! でもさ、そう言ったってどうせ後ろからつけてくる気なんでしょ?」
「つけるって……。でもそうだね、ドリスのことを子供扱いするつもりはないけれど、やっぱり暗い道を一人きりで歩かせるのは心配だからね、方向も同じだし」
アシュリーとドリスの家は同じ住居区画にあって、ほんの数軒しか違わない。こんなに近所に住んでいても、アシュリーが学院を卒業した後は全然会えなくなるくらいには二人は疎遠になっていた。
「あっそ! 好きにすれば!」
そう言うと、勢いよく踵を返したドリスが駆け出した。
アシュリーも慌てて追いかけようと膝を伸ばしたところで、だいぶ距離が空いた先のドリスが突然立ち止まった。
どうやらドリスは暫くその場から動きそうになさそうだと判断したアシュリーは、刺激しないようにと普段通りの歩調でドリスの元へと歩みを進める。そうしてドリスとの距離が半分ほど縮まったところで、その華奢な両肩が小刻みに震えていることに気づいた。
「ドリス、どうしたの? なにか嫌なことがあった?」
「ド、リ、イ!」
覗き込んだドリスの顔は暗がりの中にか細く灯る街灯の明かりでもわかるくらいにくしゃくしゃで大粒の涙がとめどなく零れ落ちていた。
そのくしゃくしゃの顔で、アシュリーに言い聞かせるように家族とアシュリーにだけ許したドリーという自身の愛称を一文字ずつ区切りながらぶつけてくるドリスに対し、やはりアシュリーは以前と変わらない優しい声色で、だけど少し困ったような口調で告げた。
「だって、もう僕にはドリスをそう呼ぶ資格はないだろう?」
「――っ!」
下唇を噛み締めてこれでもかとアシュリーを睨め付けている
ドリスだって、自分が今、いかに子供じみた癇癪を起こしているかなんて痛いくらい理解していた。それでも今のドリスにはそうする以外の選択肢がなかった。
「それならっ、どっ、して、それっ!」
止まらない涙を拭いもせずに、しゃくりあげながらアシュリーの右耳につけっぱなしのままのルビーのピアスを指さした。
ドリスの左耳につけっぱなしのままのルビーのピアスは、アシュリーの耳を飾っているそれと対になっていて、アシュリーが作曲を辞めてしまったあとも、アシュリーがドリスのことを愛称で呼ばなくなってしまったあとも、今も変わらず続く唯一の繋がりとなっていた。
「あ……。そう、だね、ごめん。これを外したらいいかな?」
「……」
「ピアスを外したらいい?」
無言のままのドリスにもう一度確認するアシュリーの見当違いの気遣いに、ドリスは肩を振るわせていた理由を悲しみから怒りに代えて、握りしめた両手で今度は力無くアシュリーの両胸をぽかぽか殴りつけた。
「……っく、なんで、そういうっ、いじわるすんのぉ……」
怒りの収まらないドリスは、アシュリーのシャツを引っ掴んで勢いをつけてその胸に顔を埋めて叫んだ。
「いい加減にしてよ! アッシュのばかぁ! この自己中野郎!」
「……わかったから。ドリス、ご近所迷惑になるから道端では叫ばないで」
「ゔ~!」
出せる限りの低い声で訴えるドリスにとうとう根負けしたアシュリーは、泣き止まないドリスの小さな背中を左手で優しく撫でて耳元で囁いた。
「ドリー、わかったから。もう一度ちゃんと話を聞くから、だからまずは家に帰ろう」
「……」
「ドリー、一緒に帰ろう」
アシュリーの胸元でぐずぐずと鼻を啜るドリスが、わずかに頷いた。アシュリーも同じく小さく頷いてからドリスにだけ聞こえるように「うん」と囁く。それからドリスの背中を優しく押した。
辺りは真っ暗ですっかり星の瞬く時間になっていた。
――今「一緒に帰ろう」と、アシュリーは言ってくれた。
だからドリスは何も言わずにアシュリーの隣に並んで、ようやくドリスは家に向かって歩き始めた。アシュリーもそれに歩幅をあわせる。
こうして二人が並んで家に帰るのはアシュリーが学院を卒業して以来だ。ドリスに曲を作らないと宣言してから卒業までの一年の間もアシュリーはドリスとずっと一緒に下校していて、毎日毎日曲をねだられる日々だった。
セイレーンとして高い能力を持つドリスは、他の調律家たちから自分の曲を選んで欲しいと引く手数多だった。その中には、よくこんな曲が思いつくと尊敬せずにはいられないほどの実力の持ち主もいた。
皆、ドリスがアシュリーの作った曲を贔屓するのは、幼馴染のよしみだと思っていた。煩わしいことを嫌うドリスの性格を知っていたアシュリーもまた、皆と同じ考えだった。
ドリスから何度も「俺は本当にアッシュの作る曲が好きなのにそんなこと言わないで」も言われても、才能に乏しい自分のことを慰める方便だと思うくらいには、アシュリーは自分の作った曲はドリスに相応しくないと思っていたのだから。
この四つ角を左に曲がれば住居区画に入るという所まで歩いてきたところで、ドリスの背中に添えていた左手をするりと離したものだから、迷い子が縋るようにドリスの右手が離れていく手を追いかけた。
いかないでよと指先を掠めたドリスの指先に気付いたアシュリーは、ごめんねという代わりにその大きな手のひらでドリスの小さな手をすっぽりと包んであげる。
アシュリーの手のひらはいつも心地よいぬくもりを安らぎをドリスに与えてくれていた。数年振りに味わうそのあたたかさがじんと染みたドリスは、ようやっとその涙を止めることができたのだった。
「えへへ」
ふにゃりと破顔したドリスを見たアシュリーは、相変わらずドリスは寂しがり屋で危ういところがあるな。と、思った。そういう自覚があるから普段はつんけんした態度を取っているんじゃなかったのか? とも思ったアシュリーは首を傾げた。
アシュリーと二年もの間疎遠だったのは、アシュリーが意図的に避け続けていたからということはドリスも察しているはずだ。それなのにこうして気を許されてはアシュリーも調子が狂うというものだ。
――ドリスの卒業までの期限付きで曲を書いてあげれば諦めてくれるだろうか。
今更そんなことを言う資格はないか。と思い直したアシュリーは、いつの間にかこちらの顔を覗き込んでいたドリスの視線に気づいて曖昧な笑みを作ってみせた。
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